ギャンブル依存症 ベロの回復に向かって!

こんにちは、ベロです。私は病的賭博です、完治はしませんが、回復はあります。回復の軌跡、奇跡、ご覧ください!現在進行中

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最初のスリップ

おはようございます、ベロです。

 

昨日のキャスのテーマです。

私なりの分かち合い

 

わたしは何回かスリップしました。

 

先ずは最初のスリップの話です。

 

ギャンブル依存症だと診断され、病院に通いながら自助グループにも通い始めました。

 

しかし、やめ始めた頃の私は、ギャンブルを完全にやめるつもりは全くなく、むしろ、ギャンブルとのいい付き合い方はないかということを教えてもらうために自助グループに行き始めたと言っても過言ではありません。

 

もちろん病院では、認知行動療法を始めていたので、ギャンブルをしないためにどう行動していくかとかの宿題をコツコツ仕上げていくのですが、内情は嘘八百という感じで、考え方をこうしていけばいいというのは分かっていても、それをするつもりはなかったです。

 

 

そして、今は私はTwitterの仲間にも口を酸っぱく言ってますが、仲間との繋がり。当初はこれを私は軽ーく考えていて、そんなものは必要ないと思っていました。

そして、ミーティング会場も、私はすごくいい所に住んでいたにもかかわらず、1番遠い場所を選び、それは土曜日の夜やっているという理由だけですが、そこに週1回、時には2週に1回行ってました。

電車で約1時間、しかも1時間に1本しか通ってないローカル路線でした。

電車に間に合わないからという理由付けをしてましたが、実際はみんなと仲良くする気もなかったので、お疲れ様でした。とそそくさと話もせず帰りました。しかも、みんなギャンブルとの上手い付き合い方教えてくれないなあとか思いながら。

 

この頃は、私は寮に住んでいて、事務員さんに頼んで、一日500円を貰って生活するということを繰り返し、週末だけ電車代を追加でもらってました。食堂があるので、ごはんの心配はなく、それも給料天引きだったので、タバコ代とジュース代あれば、生活は普通に出来ました。

 

タバコを吸っていたので正直500円では足りなかったので、セブンスターをやめて、若葉に変えました。すると毎日ジュース代は何とか確保出来ましたが、部屋では吸ったタバコをとっておいてまた吸う、いわゆるシケモクをしてたので、500円でもちょっと余るようになってきました。

 

さらに、ジュース代をケチり、羽振りのいい人のそばに居ると、奢ってくれることは分かっていたので、ジュース代も残るようになりました。すると、毎日は500円いらなくなり、2日に1回500円をもらい、週末だけまとめて2000円とか、時には3000円とか事務員さんから貰うようになって行きました。

最初の頃は大丈夫?と心配してくれましたが、そのうちに慣れて、3000円から5000円をまとめて貰うようになりました。

どんどんお膳立てが整ってきますね。

 

それでもまだパチンコを打ってはないので、お財布には常に1500円から2000円のお金がある状態になりました。

 

ある時、仲間からお知らせがあり、会場の都合により、1日休止という連絡があったのです。

はい、お金と時間のお膳立て整いました。

 

そして、1度も打ったことの無い、1パチなら、2000円あれば少し遊べるかなと思って、いとも簡単に近くのホールで台に座っていました。

 

たまにはセブンスターでも吸いたいから、500円勝ちたいなあと思いながら打ちました。

その日はあっさり3000円ほど勝ち、セブンスターを二箱買いました。

明日は何を打とうかと考えてました。

 

いとも簡単にスリップしてしまいました。

それから、貯めてはスリップを2、3回繰り返しました。

 

そして、たまたま同じ職場の仕事仲間が大勝ちしていて、お金貸すよ、と言われたので、まんまと借り、コツコツどころか、一気に一日で12万程負けてしまうのです。

 

それだけ貸す方も貸す方とは思われるかもですが、最後の方は張り付いて、貸してくれる迄、その人の後ろにいた、狂気の自分が居たように思います。

 

そこで全て負けてしまい、はっとなります。

 

その日のうちに、友達に車を借り、車を走らせて、元嫁がいる所に行き、スリップを報告しました。そして、次の日に、友達にお金を返したいから、お金を振り込んで欲しいとお願いし、心を入れ替えてやり直す、ということを話して、また寮に帰りました。

次の日も、その次の日も待つのですが一向にお金は振り込まれません。連絡をとっても、返事もなし。

 

今は正しい対応だと思いますが、私にお金を振り込むつもりはなく、自分で謝って、少しずつ返してくださいと、数日後メールがありました。

 

怒り狂いましたが、出さないと言った元妻が出さないことはよく分かっていたので、そこで初めて、苦しいことや、どうしたらいいか、アルバイトしたらいいか、どうやって謝るか、どうやって返済方法を伝えるかなど、一つ一つ仲間は丁寧に教えてくれました。

 

そして、貸した仕事仲間は怒りましたが、たまたまその彼は転勤だったので、その後は突っ込まれることも無く、毎月5000円ずつ自分の小遣いから返済していきました。2年かけて返しました。

 

そのスリップを境に、仲間とやり取りをするようになり、自助にも週に3回行くようになり、少しずつ回復の道へと歩むようになって行きました。

 

はじめて仲間を頼った時でした。

 

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