ギャンブル依存症 ベロの回復に向かって!

こんにちは、ベロです。私は病的賭博です、完治はしませんが、回復はあります。回復の軌跡、奇跡、ご覧ください!現在進行中

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次の大きなスリップ

おはようございますベロです。

 

今日は病院に入院し、離婚に繋がった2回目のスリップについて。

 

1度目のスリップで、仲間に相談してみて、仲間と考えながら副業をせず、無理をせずに少しずつやめて行く一日を過ごしていく土台を作りました。

 

そこが私の底つきだと思っていました。そして、そこから3年半はギャンブルをしない日々を送ることが出来ました✨

 

その間に、自助グループに行く頻度も増えたし、グループもたちあげたし、そこでの家族のグループとの合同周年も出来たし、12ステッププログラムもやったし、とにかくこのやめている間は出来ることを精力的に行っていました。

 

周りから見れば、回復してきたねと、変わったねといろんな方に言って貰えるようになり、周年記念に行けば、どこに行ってもスピーカーを頼まれ、年に10回スピーカーをした年もありました。

 

家族との関係も少しずつですが良くはなってきていたと思っていました。

まあ、私にあまり発言権はなかったし、喧嘩をすると、帰ってこないでくれと言われ、しばらく帰省出来なくなるということは何回もありましたから、自分が我慢してればそれでいい、とにかく息子と会いたいから、気持ちは殺して、大人しくしてようと思い、接していました。不正直でしたね。

 

ですがまあ表面上はなんとも順調に、借金も無くなり、なんなら2人目の子供や、家を買おうかという所まで、関係性も改善されてきていました。

 

そんな中で、子供達が居るアパートから車で30分程の場所に転勤する辞令がありました。

私は正直、家から通うことが出来るので、毎日子供には会えるし、夜遅く、朝早いけど、楽しみだなあと思っていました。

 

実際はそうではありませんでした。私が朝早くでて行くことも嫌だし、夜遅く帰ってくるのも嫌なので、寮に住んで、週末に帰ってくればと言われたのです。自分達のリズムが崩れるからと。私の体調のことも言われましたが、取ってつけたものであり、今思えば、ここで、私達の関係性は終わりました。

 

新しい職場は、私が今までした事の無い職種で、それだけでもストレスなのに、さらに人間関係も上手く行きませんでした。

さらに体調も崩しがちになり、少し鬱っぽくなり、仕事に行くのも嫌になって行きました。

 

なんと言っても職場の同僚のワンマンなところがどうしても気になっていて、その人と話をしなくていいように、いつも逃げて回っていたように思います。

仕事が面白くないので、他に目が行きます。

その職場にも例に漏れずギャンブル好きが沢山いて、たまたま同僚をパチ屋に送ってあげたことをきっかけに、またスリップしてしまいました。

 

借金返済をし終わってからまあまあ時間が経っていたのがまた運の尽き。

お金は元々なかったので、最初から借金を背負い、通らないだろうと思っていたサラ金があっさり通ったので、後は転落し放題、失踪も含め、借金が出来ないくらいになるまで、1ヶ月半くらいしかかかりませんでした。

 

余りにも私が出社しないので心配して、元妻に会社から電話があったことで、このギャンブル三昧の生活は終わりました。

 

そして、病院に入院することになるのですが、

最後の最後に、寄り添ってくれたのが、今の妻でした。この頃からもう縁があったのですね。

 

私は入院を決める時に、既に離婚を決意していました。恨みや怒りが激しく、恐れもあり、正直に心の中を話すことはこれからもできないだろうと思っていたからです。

 

ここで入院することで、さすがに自分はもう観念したと思っていました。

 

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