ギャンブル依存症 ベロの回復に向かって!

こんにちは、ベロです。私は病的賭博です、完治はしませんが、回復はあります。回復の軌跡、奇跡、ご覧ください!現在進行中

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苦しいことばかりでした

退院してから、引越しまでに意外と日にちがないことに気がついて、リハビリもまだ自分流でしていて、本当に大丈夫かなあと思いながら、毎日を過ごしています。

 

引越しまで後3週間です。

 

おはようございます。ベロです。

 

後3週間も、と言いながら、後3週間しかなく、しかも、父が亡くなっても更新を続けたブログがここ最近で2回も書けなかったという非常事態😭になり、これは、もう振り返っておかないと、引越しになっちゃうぞ、ということで、この土地での振り返りをして行こうと思います。

 

この場所に来ることも、当たり前の流れではありませんでした。

 

ここに転勤になる半年前に、大きなスリップをして、失踪していました。そして私は正社員ではなくなり、準社員になりました。

 

その時は、本当なら長く失踪して、連絡も取らなかったので、会社からは強制解雇で、退職金も受け取れないような状況だったのですが、上司が配慮してくれて、自己都合による退職にしてくれて、しかも退職金も100%ではありませんでしたが、貰えるようにしてくれて、なんとか生活が出来るようにしてくれたのです。

 

本来なら解雇なので、次の転勤先はなかったのですが、その後の私の仕事に対する態度、姿勢を見てくれて、会社が必要としてくれて、何とか年明けに転勤が確定するのでした。

 

しかし、師走の初めに、金額は少なかったですが、タチの悪いスリップをまたしてしまい、妻も私も、かなり落ち込んだ状況ではありました。

 

社員は転勤になると、引っ越し代は全額、アパート代も半額補助があるのですが、私は準社員なので、全て自腹でした。

 

元々夏のスリップの時に、大きな借金を抱えたので、支払い不能と判断し、個人再生の手続きをしながら、そしてその上に、子供の養育費の減額申請もしながらの引越しだったので、妻もかなり疲弊してましたが、私は特に精神的に病んでいたように思います。

 

金銭的にも相当苦しく、いよいよ無くなったら、妻がコツコツ貯めていた500円玉貯金にまで手を出さなきゃいけないという状況にまで追い詰められていました。

 

しかも、裁判所の調停は、隣の県まで行かなくてはならなかったので、夜勤明けに車を走らせ、裁判所に行き、話をして、帰ってきてから、ちょっと寝て、また仕事に行くということもしました。

かなり疲れた状態で、こちらでの生活が始まりました。

 

 

仕事場は知り合いが多く、しかも大変な仕事ではなかったので、なんとかこなせましたが、

精神的にはかなりつらく、人にも囚われていました。

 

妻は他県に住んだことは今までなく、初めての他県、しかもやはり金銭面でも大変だったし、何せ、こちらに来てから暫く体調不良で、寝込むことも何回もあったので、妻も精神的にも弱っていました。しかも、転勤してすぐ、夜勤の時に、熊本の地震もあり、震度4、5位も2回もあったので、恐怖も感じていました。

 

我々は結構悪い状態でこっちでの生活は始まりました。

 

 

元々私はこの土地には縁もあり、3年前には住んでいたので、仲間やミーティングに関しては、なんの支障もなくすんなり戻れたのは、自分にとっては良かったところでした。

 

そこまでもうまくいかなかったら、またスリップしていたかも知れません。

そんな感じで、転勤してきた当初は、私たちが今こんなに幸せに毎日を送ることが出来るようになるとは想像も出来ないくらい、苦しいことばかりの毎日だったように思います。

 

転勤してから何ヶ月かしてから、個人再生の支払いも始まり、養育費の調停も終わったので、そこからやっと少しずつ精神的にも安定した生活に戻っていきました。

 

続きは明日😌

 

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