ギャンブル依存症 ベロの回復に向かって!

こんにちは、ベロです。私は病的賭博です、完治はしませんが、回復はあります。回復の軌跡、奇跡、ご覧ください!現在進行中

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視点

昨日は久しぶりに私たちの中では当たりの映画を見れて、やっぱりウィル・スミス最高やなあ、とか話しながら行き帰り5時間以上の道程を楽しみながらドライブデートしてきました。

 

節約生活をしているので、久しぶりの遠出となりましたが、満足なおやすみでした。

 

おはようございます、ベロです。

 

 

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今日は先日仲間が話していたことからヒントを得ました。

 

目線、というか視点です。

 

回復というのにはその人それぞれの行き着く先、目標があるのかなと思います。

本当に仲間によって千差万別。

 

ギャンブルをやめ続けるのが目標の人もいれば、生き方考え方を変えたい人、誰かのために役に立ちたいと思う人。

 

何が崇高で何が素晴らしいなんてのは、あくまでも人の考え、どれがいいというのはないと思います。

 

ギャンブル依存症の当事者が、ギャンブルをやめ続けること自体が当たり前ではないので、やめ続けることが1番大事な人は、それはそれで大事なことだと思います。

 

視点の違いかな、と思うのです。

 

じゃあやめ続けるために、どうしたら楽に止められるのか、を考えた時に、ギャンブルをしていた頃の考え方、生き方を持続したままやめていくよりも、生き方、考え方、行動を変えていく方が楽にやめやすい、そして、1人で居るよりも、仲間が居て、話を聞いてもらえる、聞ける環境の中にいることが、やめていくのにすごくプラスになるのでは、という結論に行ったのです。

 

だから私はミーティングに行き、仲間と共にできるだけ過ごし、そしてステップを踏んで、生き方、考え方を変えていこうとしているのです。

 

私は昔は否定ばかりしてたように思いますが、色んなやり方を持って、それでギャンブルがきちんと止まっていれば、ひとまずは良し、と思います。

 

でもやめ続けたその先も苦しいなら、仲間を求める方がいいでしょう、ミーティング行ったがいいでしょう、ステップやったがいいでしょう。

 

これを実践してる人が素晴らしいということではなく、らくに生きていけるための道具を上手く活用してる、という考え方でいいのかなと最近は思います。

 

 

何も使わないで、苦しんで苦しんで止めようとしてる人は、見てるだけで辛そう、と思うけど、そこで声かけするのを最近はやめてます。

 

その人が、本気でやめたい、変わりたいと思わなきゃ、こちらがいくら誘っても、出来ない言い訳、やらない理由を述べるだけ。

 

やめるための道具一式を紹介して、後はその人におまかせする。そこに留めています。

 

お互いいい気持ちもしないので、矢張りそのひとが救いを求めるドン底を待つしかないのかな、ほんとうはその前に助かる道あるよ、といいたいのですが、聞く耳を持つようになるのは、もうダメだ、と思った時なんかなあ、と、時分の無力を感じる時も多いです。

 

そして、これも視点の違いのひとつですが、金銭のこと。

 

ギャンブル依存症の方はとにかくお金に囚われすぎる。

 

ともうひとつ、借金があることをやたら気にする。

 

ギャンブルをして、経済的に自分を苦しめているのは誰ですか?

 

誰かに借金背負わされた方も中にはいるので一概には言えませんけど、殆どは自分のギャンブルが、その他嗜癖が原因で自分を追い込んでいるんですよね?

 

その上で、借金が減るという結果だけを何故求めるのでしょう?

 

借金が増えるためのリスクを減らす努力をしないと、がむしゃらに働いて返すだけでは、一段落着いた時に、お祝いでまたギャンブルやりますよ。

 

そして、また借金背負いますよ。

 

これが分かるまでに私は20年以上かかりましたが、知ってるからこそ発信してます。

 

蛇口を開きっぱなしで、漏れるのを減らそうとしてもダメですよね。

 

蛇口を閉めれば流れる水も減り、漏れなくもなってきますよね。

 

それが視点の違いです。

 

どちらが先か。借金がなかなか減らなくても、その先を考えるのか。借金返済だけを考えて、その先は後回しか。

 

先の大きな借金をこれ以上繰り返さないために、今を、今日一日を大切に、ギャンブルをしない生き方をする。

 

私たちはある意味未来を積み上げてるのだとおもいます。

 

やらない毎日の積み上げが、未来の楽な穏やかな一日を増やしていく。

 

だけど今日一日を大切に出来ず、ギャンブルをしてしまえば、また苦しい未来を積み上げていく。

 

どちらを選ぶかは当事者しだいですが、周りに誰もいなくなる前に、できるだけ楽にやめ続けて欲しいなあ。

 

もちろん私はやめ続けるためにあらゆるものを使わせてもらいます。

 

何がいい、何がダメ、はやってみて合わなければ辞めればいい。

 

だけど仲間と共に、だけは共通して言えること。1人でやめ続けるのはキツいんじゃないですか?

 

視点を変えて、行動を変えてみるのも、回復に向けた動きのひとつじゃないかな。

 

自分のやってることだけが正しい、という考え方をチョット脇において、人のやってる事も見てみて、やってみて、それから判断してもいいんじゃないかなと思います。

 

くれぐれも言っておきますが、ミーティングは何回か行っただけですべてがわかるほど、浅い、内容のないものではありませんからね。

 

他の行動もそう。何かを否定、批評するなら、1年や2年は続けてみること、そしてそれから判断していいと思います。

 

じゃなければ口は出さない、それは鉄則です。

 

 

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