ギャンブル依存症 ベロの回復に向かって!

こんにちは、ベロです。私は病的賭博です、完治はしませんが、回復はあります。回復の軌跡、奇跡、ご覧ください!現在進行中

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誰のため?

 

昨日も夜は楽しいキャスを開けて、みんなと笑いを共有できて、本当に嬉しかったです。

直ぐに会うことは出来なくても、仲間の中にいることはやはり大事だと思う今日この頃です。

 

こんにちは、ベロです。

 

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ギャンブル依存症になって、止めなきゃ行けなくなった時、そもそも誰のためにやめるんでしょうか。

 

私はやめ始めの時は、家族が実家に帰ってしまい、家族に帰ってきて欲しいがために、家族のためにやめていくフリをしていました。

 

もちろん最初はやめるつもりなど全然なくて、ギャンブル依存症と診断されてからも、何とかコントロールしながらボチボチ打っていこうと思ってました。やめたいとも思わなかったし、止められるとも思いませんでした。

 

でもそれでは通院でも自助グループでも、正直ではない、嘘の自分だし、やめるつもりがないので、やめていく人の考え方や分かち合いなど頭に残るわけもないし、聞く耳も実際は持ってませんでした。

だけど言葉だけはいい言葉を並べて、回復を目指してます!なんて言いながら、実はギャンブルをまだやる気満々という状態でした。

 

なので、やはり簡単にスリップ、再ギャンブルもしました。

 

そしてそこで、私は少しだけ気が付きました。

やはり自分のためにやめて行かないと、いつかはまたギャンブルをするだろうし、ギャンブルをした時に誰かのせいにしたり、何かのせいにして、自分を正当化するだろうと思いました。

 

でもやはり家族と上手くやっていくために、ギャンブルをやめていけば、そのうち家族とも上手くやって行けるだろう、と思いながらやめていました。

 

ミーティングに頻繁に通い、周年記念とか特別なミーティングにも参加し、仲間も沢山できて、回復への道へまっしぐら、という時期もありました。

 

しかしその時も、家族と揉め事が起きる度に、「お前らのためにやめてあげてるのに」「こっちは我慢してるんだ何もかも」という思いがいつも頭の中にありました。

 

ギャンブルをする事は、自分自身を傷つけているとは全く思ってなかったからです。

むしろ、あまりにもむしゃくしゃしたら、ギャンブルでもやって落ち着いた方がいいんじゃないだろうか?

と言うくらいに思ってました。

 

そのうち、ステップをはじめて、生き方、考え方を変えていくための努力もしていくのですが、自分自身のためにやめている、やめる、という感覚があまりなかったので、結局またスリップしてしまいます。

 

何回もスリップを繰り返すうちに、人のためにやめても、一生の問題として自分で向き合い、自分のためにやめて行かなければ、やめ続ける人生は送れない、とやっとわかってから、楽に

やめ始めることが出来ました。

 

ステップの手渡しをしてもらったときも、変わった感覚はありましたが、やはり自分のために止めなきゃずっとは続かない、というのを本当に心から思うようになってからの方が、楽に、そしてやる気を持ってやめていけるようになったと思います。

 

 

嗜癖を使う、というのは私の場合は現実からの逃避、という感覚が多かったので、やはり自分の心の問題だと思うんです。

そして、それを使わないためにどうやって行くか、というのは、人が入ってくる話ではなくて、自分自身の問題とどう向き合うか?ということだと思うのです。

 

なので、誰かのために、と言うよりも、自分の生き方を変えていくためにどうして行くかとなれば、自分のためにやめていきながら、生き方、考え方を新しく取り入れていく、ということになるんじゃないかな。

 

自分の回復と家族、周囲、というのは全くの別の問題であり、家族がいるから、周囲に迷惑がかかるからやめる、というのは論点が全然違うんだろうな、と今では思います。

 

ですが、私も家族のためにやめようとずっと考えていたので、やっとここ何年かで分かってきたんでしょうね。

 

本気でやめたい、というのは誰も思っていると思いますが、その気持ちは、人のためであればいつまでもは続きません。

 

お金の問題とか、ほかの問題が解決していくと、足枷、重りがなくなり、そこからまた再発、というのも沢山ありますし、そういう仲間も何人も見ました。

 

私の場合は借金が目処がついたから、ギャンブルやってみるか、というのは1度もないのです

が、周囲の人と上手くいかないから逃げる、逃げた、ということはあります。

 

なので、やはり自分の回復と、周囲の人達への思い、とかは切り離していかないと上手くいかないかなあ、と個人的に思います。

 

もちろん回復してきて、家族の大切さがわかった、とか家族に優しくなれるようになった、大事だとよくわかった、とかは、回復をしたからこそ与えられる心の回復、プレゼントなので、嬉しいことですが、家族に喜んでもらいたいがために回復を目指す、というのはまた違うのかな、と考えています。

 

あくまでも私の考えです。家族のためにやめようとする人を否定してる訳では無いです。

それで一生やめ続けられるなら、それは素晴らしいこと。

 

私の場合は無理でした、という話です。

 

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